『おかえりなさい「はやぶさ」講演 ──地球帰還まであと1ヶ月と12日──』 2010/05/01 14:00〜15:00 於:つくばエキスポセンター 話者:吉川真(JAXA宇宙科学研究所准教授) ※文中敬称略 司会:  つくばエキスポセンターでは「はやぶさ」の功績を讃えてミニ企画展示を本日から05/09まで行っています。  「はやぶさ」は天体に行って帰って来る、という大変な偉業に挑んでいる探査機です。  今日は「はやぶさ」と言えばこの先生、という吉川先生にお越しいただきました。 吉川(以下、特に言及のないものは全て吉川氏による):  ご紹介頂いた吉川です。  先日発表があった通り「はやぶさ」が帰ってくるのは06/13の夜です。ですからあと1ヶ月と12日ですね。  話したいことは沢山ありますがどれを話せばいいのか迷ってしまいます。  今日はできるだけ会場から質問を受けて、それにお答えしながらお話ししたいと思います。 【「はやぶさ」について】 ここに来ている人は知っているだろうと思いますが……(会場笑)  ※「はやぶさ」はタッチダウンをハヤブサの狩りに喩えての命名である   イトカワは「日本のロケット開発の父」糸川英夫に由来した名である   ということを(会場の客層を把握して)非常にさっさと説明。 このミッションのポイントはイトカワが「変な小惑星」だったことです。 それを詳細に調べたことが最大の成果です。  ※Before(イトカワ到着前のイメージイラスト) 到着前はこんなふうにクレーターだらけの巨大な岩を想像していのたですが  ※After(到着後に差し替えられたイラスト) 実際に行ったらイラストがこれほど変わってしまいました。 イトカワの大きさは東京タワーと比べるとこんな感じです。  ※イトカワ(520m) VS 東京タワー(333m) しかし東京タワーの次に立つこれと比べると──何とイトカワより大きい。  ※横に東京スカイツリー(634m)を追加。会場爆笑 表面の様子が予想と違っていたのはイトカワが非常に小さいからです。 これほど小さい小惑星を調べたのは日本が初めて。 【星の王子さまの世界】  ※イトカワの写真と「星の王子さま」表紙を並べる 大きさだけで言えば歩いて一周できてしまう、ちょうど「星の王子さま」のこの星のようですね。 ですが王子さまと違って、多分イトカワに「立つ」のは難しいでしょう。 重力が小さいため、表面に行っても体感的には無重力です。ISSの中に居るような感じです。 歩けなくても這いつくばればイトカワに留まれるでしょうが、もしジャンプしたらそのまま宇宙にでてしまい 2度と地面に戻れません。(会場笑) さて、今日おいでの皆さんは今の「はやぶさ」の状況に興味が向いていると思いますが……  ※http://www.isas.jaxa.jp/j/enterp/missions/hayabusa/image/today_trj/100430.jpg 昨日ホームページに掲載された図ですが……難しいですね(会場笑)。 川口先生が作ったものですが専門家が見てもすぐにはわかりません。 今から「はやぶさ」がやることは、まさにウーメラにドンピシャにカプセルを落とすために軌道を変えることです。 右上の図を見て下さい。 TCM はTrajectory Correction Maneuverの略で「軌道修正制御」といった意味ですが、 TCM-1 は実は今日の夜に始まります。私もこれが終わったら宇宙研に戻ってやります(会場笑)。 TCM-2 と TCM-3 が重要です。2、3で地表近くまで軌道を変えます。4は最後の微調整です。 1番の問題は(「はやぶさ」の機体が)色々壊れていることです。 化学スラスタは全部壊れてしまってイオンエンジンで代替しています。 リアクションホイールは3基中2基がダメになってしまっています。 でもまだ望みがありますので慎重に頑張っています。 【小惑星というものについて】 今日は小さいお子さんもいらっしゃるので「小惑星とは何か」についてもお話ししたいと思います。  ※2001SL9 が星の中を移動する連続写真  ※ハッブルで撮影したケレス(950km)、パラス(570km)、ベスタ(570km)の写真 小惑星は非常に小さい天体で、地上からでは表面の様子がなんとか見える程度しかわかりません。 そこで実際に探査機が近くまで行って調べてみると、  ※マチルダ(NEAR撮影)、イダ、ガスプラ(ガリレオ撮影)のフライバイ写真 このようにクレーターだらけの岩だとわかりました。  ※イダの衛星ダクティルの写真 イダにはさらに小さな衛星があるのですが、このダクティルにもクレーターがあります。 もう少し小さいものでも(NEARによるエロス/36kmの写真)やはりクレーターがあります。 ところがイトカワ(「はやぶさ」によるイトカワの写真/0.5km)は……このようにクレーターが見つかりません。 しかも地形がゴツゴツした所となだらかな所にわかれていたりします。 この会場の外にイトカワの模型が展示されていますが、私はいつも模型を持って来ているので今日もここに持って来ました。(会場笑)  ※全観測成果反映版と観測初期成果反映版を出す こちら(初期成果反映版)は外に展示されているのと同じものです。 職人さんの手作りなのでこちらのほうがリアルに見えますが、データが少ない頃に推定して急いで作ったものです。 着陸場所を検討するために模型が必要だったんです。 こちら(全観測成果反映版)のほうが正確です。全てコンピュータで作っています。 このような模型を作るためには実際に行って近くで見なければいけません。地上からだけですと──  ※「メークイン」と地上観測全成果反映モデルを出す この程度です。こちら(地上観測全成果反映版)はレーダーを2回当てて調べたものですが、それでもやっとこの程度。 いずれにせよ「行かないとわからない」というわけですね。 この(4つの)模型、ここに置いておきますので後でご覧になって下さい。触っていいですよ。  ※シュテインス(ロゼッタ撮影/4.6km)の写真 おむすび型の、これも小さな小惑星なのですがこれもクレーターがあります。 いかにイトカワが変わっているかがお分かりかと思います。  ※メインベルト周辺の小惑星軌道図(5,000個プロット) 小惑星は、多くが火星と木星の間に存在します。この図は5,000個をプロットしたものですが、  ※15万個プロット図。メインベルト辺りはもうプロットされた点で真っ黒 実は既に48万個の小惑星が見つかっていて、そのうち23万個が軌道確定されています。 イトカワは軌道が地球に近く行きやすいことからターゲットになりました。 【「はやぶさ」ミッションについて】 「はやぶさ」がどういうミッションであるかが簡単にわかる動画がありますのでご覧下さい。  ※http://www.isas.jaxa.jp/j/enterp/missions/hayabusa/relate/movie.shtml  ※打上げ、地球スイングバイ、観測、ミネルバ投下&ミネルバによる表層クローズアップ撮影、タッチダウン、カプセル投下 これがミッションの「計画」です。では実際にどうなったかも動画でご説明します。  ※吉住氏による「祈り」ダイジェスト版 打上げは順調、パドルの展開やサンプラーホーンの伸展も問題なくできました。 イオンエンジンの点火は少したってから行ったんですけどね。 (レポ主注:機体内に残った地球大気が完全に抜けていない状態で点火すると放電してしまうため) 地球スイングバイも成功しまして、イトカワの観測は2ヶ月間行いました。 着陸リハーサルは3回行いましたが、ミネルバの投下は失敗してしまいました。 (会場笑:冷笑ではなく「おっちょこちょいへの苦笑」ニュアンス) 本番1回目では不時着してしまいました。多分この時、機体にダメージを負ったと思われています。 (※2回目のタッチダウンシーンにて)撃つのは多分失敗しています。(会場笑:同上) この後、通信が繋がらない状態になり、1ヶ月半後に通信が回復します。 イオンエンジンは使えます。化学スラスタは使えません。イオンエンジンだけで帰還しようとしています。 【まだやっていないこと】 現実にまだやっていないのは「カプセルの再突入」です。 実際にどうなるかはやってみないとわかりませんが、おそらくこうなるだろうという動画を用意しました。  ※カプセル再突入&着陸イメージ動画(多分まだネット上には出ていないもの) (化学エンジン&RW故障で)軌道制御できないので本体も(地球に)ぶつかってしまうんですね。 カプセルは熱に耐えるように作ってありますが本体はそうではないので……(=本体は消滅する)。 (着陸したカプセルが)すぐに見つかるといいんですけどね、できれば翌日までには見つけたいと思っています。 見つからなければ数日かけて砂漠を探すことになります(苦笑)。 何もわからない初めての場所へ行ったのでチームは祈るような気持ちでいます。 タッチダウンの時(※2005/11/26のマトちゃんのVサイン写真提示)の運用室のパソコンには こんなお札(※飛不動の「飛行安泰」シール)が貼られていましたし(会場笑)その後もお札が増えてます。  ※http://ameblo.jp/hayakawa-moon/image-10430087368-10369485294.html  ※http://ameblo.jp/hayakawa-moon/image-10426346592-10363895041.html これらのお札は川口先生がポケットマネーでもらって来たものです。 このお札(中和神社)は最近増えたものです……なんか、お供えまでありますが……。 詳しいことを知っている人はわかるでしょうが(会場の一部笑)、昨年11月に壊れてしまったんですね、中 和 器が。 (中和神社の「中和」にレーザーポイント。会場笑) ただ、この「中和」は「ちゅうか」と読むそうです。場所は岡山でしたか、その辺りにあります。 さて前半はここまでということで、何かご質問のある方、どうぞ。 Q:再突入の際、「はやぶさ」本体がバラバラになった後の破片はカプセルに比べて空気抵抗が小さいはず。   減速がかからずカプセルに追突する可能性はどの程度あるか? A:切り離しの時にカプセルに初速が加わります。(カプセル>本体になる)   バラバラになった部品とカプセルの減速は同程度じゃないかなと思います。   初めてですから、どちらにせよやらなければわかりません。(会場笑) Q:イトカワはいつ見つかったか、またなぜイトカワがターゲットになったか A:見つかったのは1998年です。   元は別の小惑星がターゲットでした。ネレウスという小惑星が初期ターゲットで後に1989MLがターゲットになりました。   開発は1989MLに合わせて進めていたのですがM-V-4の事故を受けて打上げが遅れてしまい行けなくなってしまいました。   その後見つかったのが1998SF36(後のイトカワ)です。   つまり「はやぶさが行ける小惑星がイトカワだった」ということです。 Q:(TCM-1を宇宙研でやるということだが)相模原キャンパスは携帯電話が繋がらなかったりもするし   相模原は米軍基地があったりして電波ノイズが大きいのではないか。   確実に電波をキャッチする技術についてお聞きしたい。 A:説明不足でした。   指令は相模原で出すのですが、その指令を宇宙に送信するアンテナは長野県の臼田にあります。   64m のアンテナで「はやぶさ」の電波を受信するのもそこです。   通信を確保する際に気を使うのは地上側より宇宙側です。   「はやぶさ」がそっぽを向いてしまったら通信できなくなりますから、「アンテナが地球を向くように」という   姿勢制御が通信維持のキモとなります。電波は命綱です。 Q:DSNとの連携はスムースにいったか、また後継機ではNASAに依存せず深宇宙との交信をできるようにする構想があるか A:連携は順調です。TCMの時は24時間「はやぶさ」を見なければなりませんが密なリンクを作っています。   今は米・欧との共同利用ですね。 【はやぶさ・エンジニアリング】  ※「はやぶさ」の工学面の各要素(イオンエンジン、スイングバイ、サンプラーホーンなど)の写真 「はやぶさ」は「行って帰ってくる技術を確立するミッション」です。 サンプリングに関しては、「向こうが砂地である」という保証があるなら「掬いとる」方法もとれますが 砂地でも岩でも砂利でも対応するためにプロジェクタイル発射方式を採用したんですね。 今後もターゲットの表面がわからなければその方法だろうと思います。 【はやぶさの科学】 「はやぶさ」は新しい発見の連続でした。 一番大きいのは、おそらくは、ですが「2つの小惑星がぶつかってバラバラになったのが再結合した」と考えられることです。 2005/09/05にイトカワが「点」でなく形状がわかるようになりました。  ※ttp://www.isas.jaxa.jp/j/snews/2005/0905.shtml キャプション:「くるくる回る」 09/07ごろ「何かがおかしい」とチームが興奮し始めます。  ※http://www.isas.jaxa.jp/j/snews/2005/0909.shtml そして09/12に到着します。  ※http://www.isas.jaxa.jp/j/snews/2005/0912.shtml この形、チームの中ではラッコに例えられまして。  ※http://www.isas.jaxa.jp/ISASnews/No.303/GIF303/hayabusa-2-z2.jpg (会場笑) 写真を机の上に置いておいたら書かれていたんですよ(笑)。そしてこうなります。  ※http://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2005/11/post_fe2e.html (上) 「体長約500m、体重約6千万t」。(会場笑)ついには忘年会でしたかで……  ※http://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2005/11/post_fe2e.html (下) (会場笑) メーカーの方が作った、最優秀作品です。(会場爆笑) こうすると場所の特定がやりやすいので。小さい小惑星はいびつなんですね。 地形を見ると平らな所とデコボコな所があります。この平らな場所(Muses-C Regio)しか着陸できる場所がなくて大変でした。 小さなクレータは40個ほど見つかっています。また平らな場所は1cm程度の砂利で覆われています。  ※http://darts.isas.jaxa.jp/planet/project/hayabusa/data/amica/20051119/ST_2572745988_v.jpg こちらはカラー画像です。場所によって色に違いがありますね。  ※http://www.jaxa.jp/article/special/hayabusa_sp3/index_j.html (最下段) 実は小惑星も日焼けするんです。場所によって色が違うのは、表面が焼けたあとに地表が崩れて下の層が出るからだと 考えられています。 このように、小さな小惑星も面白いんですね。 アメリカも行こうとすれば行けるのに行きませんでした。しかし日本が行ったら面白かったので今やアメリカや欧州も 小惑星探査をやろうとしています。ここでイトカワへ近づく様子をお見せします。  ※2005/11/09 のリハーサル時の連続写真 この頃はまだ運用を獲得している最中だったのでフラフラしています。  ※11/20 第一回タッチダウン時の連続写真 さすがに3回目ともなると慣れましてまっすぐ下りていますね。ずっと影がイトカワに映り続けています。  ※11/26 第二回タッチダウン時の連続写真 影が映り続けて続けていますが、ターゲットマーカも見えます。 【アウトリーチ】 「はやぶさ」はいろんな方から応援をもらっています。  ※http://www.senkyo.co.jp/ists2008/pdf/2008-u-23.pdf (Fig.5, 6, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15 )  ※http://www.unmannedspaceflight.com/index.php?showtopic=6427 我々もいろんな活動をしています。 「好評だった例」:知っている人も多いのですけれど(会場一部笑)  ※http://www.senkyo.co.jp/ists2008/pdf/2008-u-23.pdf (Fig.4) さりげなく空き瓶がありますが──わざとらしく増えていっています。キーボードの台もわざとらしくあの箱です。 「結果(その1)」: ※あの「2カートン」の写真 (会場笑)   1回のタッチダウンでだいたい35〜36時間起きっぱなしでした。人がいないので交代できないんですよ。   それをリハーサルも含めて1ヶ月に5回やりましたから……。 「結果(その2)」:リポDパロディラベルバージョン   これはファンの方に送って頂いたものです。実に細かいパロディがされていて 「結果(その2 続き)」:パロディラベル全体図   ……「内輪でやったんじゃないか」なんて言われることもありますが、ファンの方が作って下さった者です。   内部でやってる暇ないですからね。(真顔) 【まだまだ挑戦は続く:「はやぶさ2」】 今度のターゲットは「行けるから行く」ではなくきちんと狙っていまして、1999JU3という小惑星がターゲットです。 イトカワはS型というタイプでした。1999JU3はそれと異なる、C型という有機物を持つタイプです。  ※「はやぶさ2」ミッション構想ムービー(2010年01月構想版) まず「はやぶさ」と同じようにサンプルを採った後にインパクターを切り離します。 インパクターはゆっくり下りていきます。その間に本体は小惑星の陰に隠れます……あ、今隠れましたね。 ここでインパクターがドカンと大砲を打ってクレーターを作ります。 クレーターができたら、本体はその近く、できればクレーター内部のサンプルを採取します。 これは「日焼け」していないサンプルが欲しいからです。 皆さん、応援お願いします。 Q:「はやぶさ」カプセルの切り離しに失敗したらどうする? A:検討中です。やってみないとわかりませんがもし切り離せなかったらそのまま突入します。   本体は燃え尽きてカプセルだけ残ることになるでしょう。   ただパラシュートがきちんと開くかどうかが問題です。 Q:小惑星の成分を知って究極的には何を知りたいのか?初歩的な質問で申し訳ない。 A:いえ、それは重要なところです。   ※「はやぶさ2」「はやぶさMk II」それぞれC型(メインベルト)、D型(木星軌道)を狙うことを示す図   それぞれ異なる小惑星を調べることで、究極的には原始太陽系の成分が知りたいと思っています。   また有機物を調べることで生命の起源もわかる可能性があります。 Q:戻った後のカプセルは見られるか? A:現在はそこまで頭が回っていません。   なるべく早く日本に持ち帰って一連の作業が終わったらそこで展示の議論になるでしょう。   公開できるんじゃないかなとは思っていますが、帰ってこないことには何とも……。   ちなみに、カプセルの蓋は砂漠に落ちます。   次のカプセルを作る時にアブレータ(耐熱材)の資料として使えるので、そっちを探したい人もいます。 Q:4月に(レポ主注:Yuri's nightの講演で)リエントリの中継に前向きな発言をしていたが、その後の進展は。 A:私が知る範囲では「ぜひやりたいね」で留まっています。   通信的、技術的手段が検討課題です。   なお、私自身は日本待機の「留守番組」になってしまいました(会場笑) ※今回はぶら下がりありません